2011年4月10日 (日)

トリックアート②

トリックアートの続きです。

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この絵、分かりますか?

左の嫁さんが写っている絵と、

右の僕が写っている絵をよく見てみてください。

では、大きくしてもう1回。

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この絵を左から見たところ。

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今度は、同じ絵を右から見たところです。

同じ絵でも、右と左と見る方向によって女の人の足の長さが違うんです!?

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巨人に食べられそうになる二人。でも笑顔です!

2時間待って、30分くらいで見終わりました。

でも、楽しかったです。たまには、家にいるばかりの嫁さんのストレス解消になったかな?

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2011年4月 7日 (木)

トリックアート

この間の日曜日(4月3日)、トリックアート展へ行ってきた。

その前にテレビで見て大阪で開催されているのを知って、行きたいなぁ~って思っていたのだが、いつ行けるかどうか分からないし、ちょっと遠いので、嫁さんのこともあって諦めていた。

でも、嫁さんが行きたい!と言うので頑張って電車で行くことにした。

家から電車を乗り継ぎ1時間40分以上かかってようやく到着。

午後4時頃に着いたもののスゴイ人!!

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受付で、チケットを買うときに「2時間待ちです。どうしますか?」と言われ、時間をかけてせっかくここまで来たのに、「ああ、そうですか、じゃあ帰ります。」なんて言わないでしょう!?

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ということで、待つことにしました。

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並び始めてから約2時間後、ようやく入り口付近まで来ました。

そして、入場です。

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いちいち、絵の前で写真を撮らせてくれるので、待ち時間が長かったようです。でも、おかげで、いっぱい写真を撮りました。

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中ではスタッフの方が写真を撮ってくれるサービスもありました。

不思議な絵もありましたが、続きはまた明日...。

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2010年8月 1日 (日)

第32回芦屋サマーカーニバル 花火大会

7月24日(土) 芦屋浜で花火大会があった。

当日は、縁日があったり、市民ステージでいろんなパフォーマンスがあったりで、夕方から行ったけど、楽しめた。

そのステージや、嫁さんの写真を撮って楽しんだ後、午後8時前には花火が打ち上げられる浜辺へ移動した。

今年は、良い場所で見ようと、有料協賛観覧エリア(1人1,000円)へ行ったのだが、会場に来たばかりの時はまだまだ座る場所が余裕であったので、ステージを見て時間を費やしていて、花火開始前になると、とんでもないほどの人がいて、入場制限をするほどだった!

午後8時。会場の人たちによってカウントダウンがあり、いよいよスタート!

音楽もありとっても綺麗!スゴイ!嫁さんも大喜び!

カメラもバッチリ! きれいきれい!

でも、せっかくだから動画も撮りたいし、カメラに残っている古い写真、映像を削除して、いっぱい花火を取ってやろう!と思い、花火が次々に打ち上げられる中、古いやつは削除した。 

これでもっといっぱい撮れるなぁ~て思ってカメラを見てみると...

無い... 無い... 無い!... !

さっきまで会場で撮った写真や動画がまったく無い!

機嫌の悪くなった僕は、一人で怒っていた。

それを見た嫁さんは、怒り出した。

結局、嫁さんの楽しくない!というコメントの中、楽しくない花火大会となってしまった...。

最後にはなんとか仲直りしたけど、せっかく撮った写真が...。(´;ω;`)ウウ・・・

悲しかった...。

でも、最後の方にはなんとか頑張って動画を撮りました。写真は良いのがなかった。

こんな感じです↓

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あとは、こんな感じです↓

フィナーレを迎える前の花火です。

そして、これがフィナーレ。 これは、この場所じゃないと見れないなぁ~。

あ~楽しかった!(~_~;)

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2010年5月28日 (金)

チャリス、絢香の「三日月」をカバー

僕が登録しているフィリピン関係の携帯サイトで、フィリピンのニュースが載っていたのですが、思わずクリックしてしまった記事がありました。↓です。

世界進出を目指す人気歌手、チャリス・ペンペンコ(18)が来日し、25日、東京都内で公開リハーサルを行った。今月28日、music.jpから、アメリカのビルボードで8位を記録した欧米向けのデビューシングル「ピラミッド」が配信される。この曲は人気歌手、アイヤズとデュエットして話題になっている。

また、7月7日には、日本向けのデビューアルバムが発売される予定。このアルバムには、絢香のヒット曲「三日月」を英語で歌ったカバー曲が収録されるそうだ。

日本では、「チャリス」ではなく「シャリース」の名前で紹介されている。童顔に似合わない、才能あふれるド迫力の歌唱力に度肝を抜かれる人も多くなるのでは。

チャリスは、来日後はニューヨーク、カナダ、ヨーロッパを訪れ、ニューアルバムのプロモーションに力を注ぐという。

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まだ彼女の事をご存じ無い方、とにかくびっくりしますよ!

(^o^)/

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2010年1月13日 (水)

あけらめなければ、必ず道はひらける

昨日(12日)の夜10時からNHKのテレビで、プロフェッショナル 仕事の流儀という番組があった。たまに見ることがあるのだが、昨日は忙しかったので、その時間は録画した。でも、どうしても早く見たかったので、その後の時間に見た。
研究者、浅川智恵子さんの話だった。子供の時の起きた不慮の事故のために、14歳で失明してしまった。
でも、その後の彼女は「頑張る」なんて言葉じゃ言い表せないほどの苦労をし、壁にぶつかるたびに何度も何度も心が折れそうになるのを克服していった。詳しくは番組のホームページをご覧になってください。
番組の中で浅川さんが言ったことば。研究者として大事にしている信念がある、という。それは...
「自分にできることは、限られている」
障害を乗り越えて、まだ誰も見たことのない未来を切り開く研究を進めている彼女。
彼女の言葉は、突き刺さった。 今の僕は、なんて情けないんだろう...。
五体満足の身体で、現状を嘆いたりするなんて。
困難をひとつひとつ乗り越えていった浅川さん。
「自分にしかできない、仕事」
それを見つけた浅川さんは輝いていた。
「苦しいと思うまで突き詰めたら、道はひらける」
人生は一度きり、とはよく言われるが、もっともっと努力をして、納得のいく人生を歩まなきゃ。
神様が与えて下さったこの命、この人生。 もっと大事にしなきゃ。
この世のすべての人に、物に、感謝。 ありがとうございます。

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2009年11月22日 (日)

パッキャオって強い!?

パッキャオ5階級制覇!

比のパッキャオがアジア勢初の5階級制覇 ボクシング

【レークプラシッド=村上尚史】ボクシングのWBO世界ウエルター級タイトルマッチが14日、米ラスベガスであり、挑戦者でフィリピンの英雄マニー・パッキャオが王者ミゲール・コット(プエルトリコ)を12回TKOで破り、アジア勢初の5階級制覇を達成した。 (asahi.comより転載)

2006年2月に、マニラ空港から嫁さんの実家のある南レイテ島に行くために、タクロバン行きの飛行機に乗ろうとしたが、訳あって乗り遅れてしまった...。

あ~どうしよう...と腹を立て、落ち込んでいると、なんだか人だかりが!

よく見ると、髭を生やした男が一人。さほど大きいくもないその男の周りにはサインを求めている人や、ケータイで写真を撮る人がいっぱい!

誰か分からないけど、とりあえず有名人みたいだから、一緒に撮ってもらおうと考えた僕は、その男の人のところに行って写真を一緒に撮ってくださいと言って、ついでに握手をしてもらった。

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それが、誰かもわからず、とりあえず日本から来ましたと言いながら撮ってもらいました。

その後、嫁さんもいっしょに撮ってもらいました。

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そして、後から嫁さんから、それがパッキャオだった事を知りました。 そのとき、奥さんも一緒にいたそうですが、パッキャオ自身を知らない僕にとっては、奥さんのことなど知る由もありませんでした...。(*´σー`)

空港の中にあったポスターにパッキャオが写っていたので、ここでも一緒にパチリ!

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今更ながら、スゴイ人だったんだと思いました。( ̄ー ̄)ニヤリ

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2008年9月13日 (土)

聞いた話です。②

聞いた話、昨日の続きです。

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次のような後日物語がある。

イラン・イラク戦争の最中、1985年3月17日の出来事である。

サダム・フセインが、「今から48時間後に、イランの上空を飛ぶすべて の飛行機を撃ち落とす」と、無茶苦茶なことを世界に向けて発信した。

日本からは企業の人たちやその家族が、イランに住んでいた。

その日本人たちは、あわててテヘラン空港に向かった。

しかし、どの飛行機も満席で乗ることができなかった。

世界各国は自国の救援機を出して、救出していた。

日本政府は素早い決定ができなかった。

空港にいた日本人はパニック状態になっていた。

そこに、二機の飛行機が到着した。

トルコ航空の飛行機であった。

日本人二百十五名全員を乗せて、成田に向けて飛び立った。

タイムリミットの1時間15分前であった。

なぜ、トルコ航空機が来てくれたのか、日本政府もマスコミも知らなかった。

前・駐日トルコ大使は次のように語られた。

「エルトゥールル号の事故に際し、大島の人たちや日本人がなしてくださった献身的な救助活動を、今もトルコの人たちは忘れていません。

トルコでは、子どもたちさえ、エルトゥールル号のことを知っています。

今の日本人が知らないだけです。

それで、テヘランで困っている日本人を助けようと、トルコ航空機が飛んだのです。」

以上、エルトゥールル号の話は、今から115年も前の出来事なんですね。

そして、20年前のイラン・イラク戦争の時は、トルコの人達によって、多くの日本人が救われたわけです。

明治時代に、和歌山(大島)の人達が、トルコの人達を献身的に助けた。

そして時代は変わっても、その出来事を忘れなかったトルコの人達が、

こんどは日本人を助けてくれた。

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とても素晴らしい実話でしょう? 

ともすると、感謝というものを忘れてしまいがちですが、その気持ちをいつまでも持ち続けたいですね。

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2008年9月12日 (金)

聞いた話です。

知り合いから聞いた話です。 ちょっと長いです。 時間がある時に、読んでください。

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【エルトゥールル号の遭難】

和歌山県南端に大島がある。 その東には樫野崎灯台。

断崖の上に立っている。 びゅわーん、猛烈な風が灯台を打ち、波が激しく断崖を打つ。

台風が大島を襲った。

明治二十三年九月十六日の夜。

午後九時ごろ、どかーんと、風と波をつんざいて、真っ暗な海のほうから音がした。

「何か大変なことが起こらなければいいが」灯台守は胸騒ぎした。

しかし、風と、岩に打ちつける波の音以外は、もう、何も聞こえなかった。

このとき、台風で進退の自由を失った木造軍艦が、灯台のほうに押し流されてきた。全長七十六メートルの船。

しかし、まるで板切れのように、風と波の力でどんどん近づいた。

灯台のある断崖の下は「魔の船甲羅」と呼ばれていて、海面には岩がにょきにょき出ている。船は真っ二つに裂けた。

その瞬間、エンジンに海水が入り、大爆発が起きた。

乗組員全員が海に放り出され、波にさらわれた。

またある者は自ら脱出した。真っ暗な荒れ狂う海。

どうすることもできない。波に運ばれるままだった。

そして、岩にたたきつけられ一人の水兵が、海に放り出された。

大波にさらわれて、岩にぶつかった。

真っ暗な中で、灯台の光が見えた。

「あそこに行けば、人がいるに違いない」

そう思うと、急に力が湧き四十メートルほどの崖をよじ登り、ようやく灯台にたどり着いたのだった。

灯台守はこの人を見て驚いた。

服がもぎ取られ、顔から血が流れ、全身は傷だらけ、ところどころ真っ黒にはれあがっていた。

海で遭難したことはすぐわかった。

「この台風の中、岩にぶち当たって、よく助かったものだ」と感嘆した。

この人はトルコ人で、船はトルコ軍艦であることを知った。

また、振りで、多くの乗組員が海に投げ出されたことがわかった。

「この乗組員たちを救うには人手が要る」

傷ついた水兵に応急手当てをしながら、灯台守はそう考えた。

「樫野の人たちに知らせよう」

灯台からいちばん近い、樫野の村に向かって駆けだし、急を告げた。

灯台にもどると、十人ほどのトルコ人がいた。

全員傷だらけであった。助けを求めて、みんな崖をよじ登ってきたのだった。

この当時、樫野には五十軒ばかりの家があった。

知らせを聞いた男たちは、総出で岩場の海岸に下りた。

だんだん空が白んでくると、海面にはおびただしい船の破片と遺体が見えた。

目をそむけたくなる光景であった。

その男たちは泣いた。

遠い外国から来て、日本で死んでいく。

男たちは胸が張り裂けそうになった。

「一人でも多く救ってあげたい」

しかし、大多数は動かなかった。

一人の男が叫ぶ。

「息があるぞ!」

だが触ってみると、ほとんど体温を感じない。

村の男たちは、自分たちも裸になって、乗組員を抱き起こした。

自分の体温で彼らを温めはじめた。

「死ぬな!」

「元気を出せ!」

「生きるんだ!」

村の男たちは、我を忘れて温めていた。

次々に乗組員の意識がもどった。

船に乗っていた人は六百人余り。

そして、助かった人は六十九名。

この船の名はエルトゥールル号。

助かった人々は、樫野の小さいお寺と小学校に収容された。

当時は、電気、水道、ガス、電話などはもちろんなかった。

井戸もなく、水は雨水を利用した。

サツマイモやみかんがとれた。

漁をしてとれた魚を、対岸の町、串本で売ってお米に換える貧しい生活だ。

ただ各家庭では、にわとりを飼っていて、非常食として備えていた。

このような村落に、六十九名もの外国人が収容されたのだ。

島の人たちは、生まれて初めて見る外国人を、どんなことをしても助けてあげたかった。

だが、どんどん蓄えが無くなっていく。

ついに食料が尽きた。

台風で漁ができなかったからである。

「もう食べさせてあげるものがない」

「どうしよう!」

一人の婦人が言う。

「にわとりが残っている」

「でも、これを食べてしまったら・・」

「お天とうさまが、守ってくださるよ」

女たちはそう語りながら、最後に残ったにわとりを料理して、食べさせた。

こうして、一命を取り留めたのた。

この遭難の報は、和歌山県知事に伝えられ、明治天皇に言上された。

明治天皇は、直ちに医者、看護婦の派遣をなされた。

さらに礼を尽くし、生存者全員を軍艦に乗せて、トルコに送還なされた。

日本じゅうに大きな衝撃を与え全国から弔慰金が寄せられ、トルコの遭難者家族に届けられた。


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明日に続く

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2008年7月27日 (日)

フィリピンの食べ物!?

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サギン(バナナ)、Latoラト、グアバ。

沖縄の食材を売っている店で見つけました!

青いバナナは、「天ぷらバナナ 2,163g」です。

これを、茹でて、バゴーンイスダにつけて食べます。

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けっこう美味しいsign01delicious ってゆ~かぁ、何かつけて食べないと味が無い。

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グアバは、そのまま食べました。これもおいしい。

あと、海ぶどうは、そのままでもいいですが、ビネガーにつけて食べても美味しいですsign03delicious

やっぱり、沖縄とフィリピンは似ているなぁと思いました。happy01

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2008年3月 2日 (日)

暖かくなってくると...

今日は、日中は少し暖かかったような気がする。

九州、中国・四国地方ではすでに花粉が飛び始めているみたいですが、関西は今日くらいからわりと多く飛び始めているようです。

あの、苦しい思いを再び経験しないためにも、早めの予防を心がけたいものです。

バラ科野生の甜茶500mlを試してみてください。

症状が良くなってくることでしょう! (~_~)

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